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5-10 熱湯に放りこまれた蛙。


 最後に私が使い込んでいた五百万円の結末をいわなければいけない。
 最初に五百万円を映画の口座に振り込んだのは、二〇〇六年十月だった。
 溝上さんは私の事情を察してくれて、残りの振り込みは撮影がはじまるまで待ってくれた。
 いよいよ撮影も間近になると、スタッフの事務費や移動費や宿泊費など、目にみえて出費がかさんでいく。溝上さんから残りの五百万を振り込むようにと指示があったのは七月の終わり頃だった。
 私の算段は、その期の事務所の決算を黒字にして、銀行からの融資の一部で返済することだった。だからその期は是が非でも売り上げをあげて、決算を黒字にしなければならなかった。
 いまから思えば、私は経営者として失格だった。
 使い込んだ資金のために事務所の売り上げをあげなければならないと考えるのが間違いで、事務所の経営という観点にたてば、事務所のために黒字にしなければならなかったのだ。
 私は三十歳で独立をして以来、事務所は右肩あがりの成長をつづけてきた。四十歳あたりが頂点だった。
 広告賞も獲った。事務所も大きくなった。スタッフも雇った。仕事を受け入れる体勢は整っているのに、四十歳以降の売り上げは下降線をたどっていった。電話の鳴る回数が減り、打ち合わせテーブルはに誰もいない時間が増え、事務所の灯りが落ちる時間が早くなっていった。
 凋落の原因がわからなかった。いや、正確にはわかろうとしなかったんだと思う。自分を真摯にみつめ、現状の自分を認める勇気と、時代や状況の変化に対応する柔軟さと、この十年の自分をご破産にして一からやり直すがむしゃらさもないまま、日々の泡におぼれ、夜になると酒で自分をごまかすばかりだった。
 いつも陽気で、忙しい、右肩あがりの頃の西林さんを演じているだけだった。クリエイトすることより、クリエーターであることを演じていたのだ。
 そんなときに舞い込んできたのが映画の話しだった。
 私が『能登の花ヨメ』の制作に参加して一番大きな収穫と思っているのは、映画にでることでも、映画プロデューサーとクレジットされることでもない。見失っていた大切なことに改めて気づいたことだった。それは目標を持つことの大切さと、モノをつくりだす喜びだった。
 三十代の頃はたくさんの目的があった。もともと欲深い方だったので、それまで手にすることができなかったことはみんな手に入れたかった。
 なにをして成功したとするかは人によるけれど、私の場合はあるとき「やった」と思った瞬間があったのだと思う。それは売り上げが億を突破したときかもしれないし、失敗すると思っていたやつらを見返したと思ったときかもしれない。家やら車やら海外旅行やらイタリア物の服など、欲しいと思っていた物をことごとく手に入れたときかもしれない。
 どこかで「あがり」と思ったのではないか。そこから凋落がはじまったのだ。小さな成功に野良犬の目を萎えさせてしまったのだ。ちっぽけな達成にあぐらをかいてしまったのだ。取るに足らない成果に増長して目標を見失ったのだ。
 あの頃は仕事をするのが楽しかった。一枚のチラシ、一枚のポスター、一頁の新聞、一冊のパンフレットをつくることが楽しかった。最後までやり終えて刷りあがりを手にする一瞬が最上の喜びだった。
 楽しいということは手応えがあるということだ。手応えがあるということはステップを登っていることであり、目標に向かって進んでいる証拠だ。目標がなければ楽しみもみいだせない。
 それに気づかせてくれたのが映画に関わったこの二年という月日だ。
 熱湯に蛙をいきなり放り込むとあまりの熱さに飛びだす。しかしぬるま湯に蛙を入れてじわじわ温度をあげていくと蛙はその変化に気づかないまま、どんどん死にむかっていくという。
 思えばぬるま湯に入った蛙が私だった。そのぬるま湯から蛙をひっぱりだし、別の熱湯に放り込んでくれたのが映画だった。
 映画の話しが持ちあがり、私は右も左もわからない世界へ飛び込むことになる。はじめは興味本位、華やかな世界に接したいというミーハー根性まるだしの参加だったけれど、途中からはそんなことはいっていられない状況になった。
 映画を撮りあげたいという一心で金沢や能登へ通い、大阪で話しを聞いてくれそうな人がいれば説明に行き、東京で協力してくれそうな人がいると知れば駆けつける。お金なんて一銭も入ってこないのにこの映画を完成させるという目的のために動きまわる姿は、まるで成功に飢えた野良犬で、それは十年前の私の姿だった。
 金沢で打ち合わせをして、そのまま夕方に東京へ入り、最終ののぞみで大阪へ帰るなんてことができたのも、夢のまた夢と思っていた映画が決して夢ではなく、たとえ子供の歩みほどの速度であっても前進しているという手応えがあればこそだった。
 映画のことならできるのに、事務所の仕事でできないわけがない。
 できなかった理由はただひとつ、目的を見失っていたのだ。
 何をしたいのか、何をめざしているのか、今一度方向を明確にすれば、次に打つ手が見えてくる。私は映画のことで奔走する間に、事務所の停滞の理由がはっきりとつかめてきたのだ。
 おかげで二〇〇七年五月末の決算は、なんとか黒字にもっていくことができた。決算書をとどけて銀行から融資も降りた。そして私はそのなかから五百万円を映画の口座へ振り込むことができた。

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