« 5-1 撮影することが目的ではない。 | トップページ | 4-8 制作スタッフも決まる。 »

4-9 そしてクランクイン。


 スタッフが決まると九月に最終のロケハンが行われ、メインの舞台となる家が決まった。
 穴水町のある築百二十年を超える古い家だった。
 広い家だけれど手入れが行き届いているので、今でも新鮮な空気が通りにぬけている。太い柱は時をたっぷりと吸い、ねっとりとした飴色になっていて、広い家の隅々には未だに闇がこぼれている。都会ではとてもおめにかかれない家には、私たちがいくらお金を積もうが、いまからではとても再現できないような、時の集積による圧倒的な美しさが、玄関にも土間にも、柱にもガラスにも、掛けられている遺影にも時計にも秘められていた。
 家の前は穴水湾の穏やかな海で、その手前には小さな畑もある。
 この家に限らず、桂子師匠演じるフジばあちゃんの家とか、きのこを取りにいく山とか、映画のスタッフは地元の人でも知らないような場所を本当によく探してくるものだと、感心を超えて感動してしまう。
 一方で、撮影が行われる穴水町や輪島市や珠洲市では、私たちの受け入れ体勢づくりが密かに進行していた。
 ロケがはじまるとエキストラの手配から、俳優の送迎車の手配、さらには昼食や夕食時の炊きだしの手配など、撮影隊が恐縮してしまうほどの手厚い支援を受けることとなった。
 特に炊きだしである。
 食事の時間になると、近隣のお母さん方がさまざまなお汁をつくってくれた。
 鰺をつみれ入りの味噌汁、もずく入りの粕汁、キノコ汁、鳥とゴボウのすまし、メッタ汁などなど。どれもこの地ならではのおいしさで、俳優もスタッフも何杯もお代わりをしたのはいうまでもない。
 穴水町の家で撮影のときは、近所のお母さん方がお汁以外にも、ときには牡蠣フライ、ときにはカレー、ときには牛丼、ときには炊き込みご飯など、まるで都会へ出て行った子供たちが帰ってきたときのようなもてなしをしてくださった。
 この静かな集落にこんなに大勢の人間が来ることもなければ、映画の撮影もはじめてのことだったので、当初はとても心配されていたようだが、俳優もスタッフもみんなとてもいい人ばかりなので、お母さん方とも数日で仲良くなると、あとは家族同然の扱いをしてくださった。
「一日でも長くロケをせんね」
 とか
「ほんとは帰らんといてほしんや」
 なんて泣かせるようなことをいって別れを惜しんでくださった。
 歓迎といえば珠洲市の小泊で行われたキリコ祭りの撮影のときのことをいわなければならない。
 キリコ祭りの撮影が行われるというので、集落の人はもちろん、近隣の町や金沢へでている方々もわざわざ戻ってきて祭りを再現してくださった。
 その数、二百人強。
 毎年のキリコ祭りのときもこれだけの人数が集まることはないという。
 聞くところによるとこの集落でキリコを担ぐのは二十年振りになるらしい。
 普段の祭りのときは、これだけの人数が集まらない。だから担ぐことができず、台車に乗せて引くのが精一杯だという。
 しかし今日は映画のロケがあることを聞きつけてたくさんの人が集まってくれたおかげで、台車に乗せて引くだけだったキリコを二十年振りに担ぐことができたというのだ。
 二十年振りに担ぐにあたって 朝から何度も練習を繰り返していたという話も聞いた。
 酒をあおり、声を絞って、 嬉々とした表情でキリコを担ぐ人の姿をみていると、 人はエキストラを超え、シーンは芝居を超えて本当の祭りになっていた。
 映画のストーリーと同様に、それはまさに復活のキリコの光景で、道ばたでは目頭を押さえている老人が何人もいらっしゃった。
「今年は二回も祭りができる」
 と喜んで駆けまわる子供の声がいまも耳を離れない。
 これといった大きなトラブルもなく、逆にうれしい出来事の方が多かった撮影は、それまでの企画段階のときが嘘のように快調に進んでいった。

第4章終了・・・。


|

« 5-1 撮影することが目的ではない。 | トップページ | 4-8 制作スタッフも決まる。 »

第4章 地震が能登を襲う。」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1008911/20917325

この記事へのトラックバック一覧です: 4-9 そしてクランクイン。:

« 5-1 撮影することが目的ではない。 | トップページ | 4-8 制作スタッフも決まる。 »