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4-5 協賛企業が集まりはじめる。


 この映画の資金集めは苦労していることは何度も書いた。
 次の章で詳しく説明するけれど、苦労している理由のひとつにプロデューサー陣のある試みがあったのだ。
 私たちはこの映画を石川県の財産にしたかった。石川県発の、石川県の映画にしたかったのだ。
 そのためには石川県内の企業が中心となって製作資金をださなければ意味がない。東京や大阪の企業が出資すれば、中央がつくった、石川県を舞台にした映画にしかならないからだ。
 真の意味での石川県発の映画をつくる。
 その考えは前売りチケット保証の提案のときにめばえ、年末の頃にはプロデューサー陣は本気でそうしようと考えるようになった。出資や協賛の説明に伺う企業も、その手のことに慣れている東京や大阪のビデオ会社や放送局は避け、石川県内の企業、もしくは石川県と関わりのある企業に絞っていた。
 その際の心強い羅針盤になってくれたのが藤岡さんと稲垣さんだ。
 この二人の交友力には舌を巻くことが何度もあった。石川県内のたいがいの方をご存知なのだ。この二人に堀岡さんを足すと、ほとんどの企業へ説明に伺う道が開かれた。
 特に熱心なのは藤岡さんだった。
 出会った頃はどこまで信じて良いのかわからない、陽気でポジティブなニューヨーカーというイメージだったけれど、実は一度、自分でやると決めたら最後までやり遂げる信念と努力の人だった。
 外様の私たちに代わって協賛企業への根まわしをすべて行ってくれたのは、藤岡さんだといっても過言ではない。
 幸いなことに藤岡さんは会長を務める会社の仕事で、例年になく金沢にいることが多くなっていた。
 私たちが東京や大阪で作業をしている間に、藤岡さんは仕事の関係先のさまざまな企業へ映画協賛の打診をして、反応が良いと見ると私たちによるプレゼンテーションの席を設けてくれた。私たちは月に一度、一泊か二泊して、藤岡さんがセッティングしてくれた企業をまわって、映画の趣旨説明と協賛のお願いをするだけでよかったのだ。
 地道な活動と映画で震災復興を支援するというコンセプト。記者発表を機に、私たちが映画で何をしたいのかが広く伝わり、それまで検討中だった企業が相次いで協力へと動いてくださった。
 石川県にある五つの信用金庫組合、北國銀行、金沢医科大学、NTTドコモ北陸、北陸放送などが協賛へ名乗りをあげてくださった。
 それだけではない。北國新聞も全面的な協力を約束してくださった。
 また、うれしい報告が相次いだ。
 テレビや新聞の報道を見てくださった方々から
「私たちも何かお手伝いできることはありませんか?」
「大きな金額は無理ですが、少しなら金銭面でも応援したい」
 などの声が多数あがったのだ。
 石川県民のその真摯な声は、金沢と能登で一口一万円の募金というカタチにまとまって応援活動が繰り広げられるようになった。募金には個人ばかりではなく、さまざまな企業も参加してくださった。募金は製作費の大きな柱になることになった。
 協賛企業も石川県民の応援も、すべては映画による震災復興という試みに対する期待の表れなのだ。
 白羽監督もプロデューサー陣も、その事実を真摯に受けとめ、より良い映画にするために制作作業に熱が入っていったのはいうまでもない。

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