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4-3 脚本作業と同時進行して。


 脚本作業は急ピッチで進められた。
 またまた前回と同じ行程を一からやり直す。シノプシスからはじまり、ハコ書きに移り印刷へという作業だ。
 今回はいままでとはまるで違う話となっている。
 主人公が男性から女性へ。テーマは料理から能登の人情へ。料理のフルコースから冠婚葬祭を描くことへ。
 国井さんも必死なら、白羽監督、溝上さん、亀田さんも必死だった。
 それでなくても売れっ子の国井さんは徹夜の日々がつづいたという。あまりの忙しさと時間のなさに、ツメの甘い部分もあったそうだが、監督やプロデューサーは容赦なく指摘をして、指摘するだけでなく、不備な部分はみんなでアイデアをだし合って補った。
 今回は前回のような悠長に構えている時間はない。全員で協力してカタチにしていく他はないのだ。
 脚本作業は東京のメンバーにまかせて、私はその間に金沢へ何度も向かい、支援者への説明と協賛企業とのツメの協議していた。
 地震が起きたことで、石川県の人々の私たちを見る目が変わっていた。
 地震は能登の家を壊し、土地を崩しただけではない。観光客の足を止めてしまったのだ。風評被害は確実に広がっていてホテルや民宿ではキャンセルが相次いでいた。
 観光業界の痛手は深刻で、地理的復興の次に風評被害の対策が急務の課題となっていた。
 私たちがこれまでの脚本を捨てて、震災復興を支援する映画へ変更することを報告すると、どなたも喜んでくれた。というより感謝をされた。
 これまでの脚本づくりの苦労をご存知の石川県庁の堀岡さんや穴水町役場の岡崎さんなどは、そこまでしてくれるのかと感に堪えない表情で頭を下げてくださった。
 ここにきてやっと私たちは、石川県や能登の人々に認められてきたのだと思う。それまでは東京や大阪の人間が何かをしているという程度の認識だったはずだ。頼みもしないのに勝手に映画を撮るという連中。口ではいいことをいっているけれど、どこまで信じていいかわからい連中。
 しかしその連中ができあがっている脚本を捨てて、スケジュールも再調整して、映画で震災復興の手伝いをしようとしている。石川県の人間が頼んだわけでもないのに自主的に映画で震災復興の取り組みを行おうとしている。
 オセロの駒が黒から白へ変わっていく手応えを感じていた。
 その変化には足繁く通ったこれまでの地道な活動が物をいったとも思う。地震後に突然やってきて、震災復興の映画を撮りますというような、手前勝手な輩の便乗企画とは違うのだ。
「この事実を記者発表してくれんか?」
 五月の終わり頃に堀岡さんからそんな提案があった。
 それは映画の宣伝になるだけでない。震災で被害を受けている人にも希望の光となるニュースになるはずだ。だからできるだけ早い時期に記者発表をしてほしいと堀岡さんいった。
 会議の席に同席していた藤岡さんも
「それは能登の人のためにも、映画のためにもなる」
 と後押しをした。
 記者発表は妙案だと私も思った。しかしリリースするには足りないものがあった。
 キャストが決まっていないのだ。
 キャストが決まらない映画の記者発表は説得力に欠ける。キャストを決めるには脚本の完成を待たなければならず、そうすると記者発表は一ヵ月も、二ヵ月も先になるかもしれない。
 ましてやキャストも決まっていない企画の記者発表を溝上さんがオーケーするだろうか?近代映画協会でもこんな不確定な段階で記者発表なんてしたことがないはずだ。
 私はその日、午後の飛行機で金沢から東京へ飛んだ。あるアイデアを思いついたのだ。

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