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4-2 考えて、考えて、再度企画を変更する。


能登半島地震がもたらした被害は地理的なものだけではなかった。
 一番大きな被害は風評被害だ。
 能登はこれといった産業のない町。一番大きな産業といえば観光だ。
 震災後、地震による道路や建物の被害は報道されても、風情被害の大きさはなかなか報道されていなかった。テレビでは家の崩壊や道の陥没は絵になるけれど、観光客の減少を絵にするのはむずかしいからだ。
 地震が能登を襲ったことで、実は私たち制作者も戸惑っていた。
 このまま地震なんて知らないという顔で『海辺のテーブル』を撮るべきなのか?撮っていいものなのだろうか?
 能登から監督が戻り、現状の報告を受けると、私たちの気持ちはひとつに収束していった。観光の町がこれから受けるであろう風評被害を考えると、地震なんて知らないという顔で能登を舞台にした映画を撮れるわけがない。
 私たちは能登の魅力を伝える映画をつくろうとしてこの企画をはじめたのだ。その舞台が震災で傷ついた。ならばその現状を見て見ぬ振りをするのではなく、しっかりと現状を見据えて、能登の将来に少しでも貢献できる映画を撮ることこそが、今の私たちの存在理由ではないだろうか。震災を経てもたくましく、あかるい能登を描くことこそ、日本の映画界で誰よりも能登を熟知した私たちの役目ではないだろうか。
 確かに地震と対峙するとなると脚本の練り直しを強いられる。撮影時期も延ばさなければならないだろう。そうなればこの企画は二度目の延期。二度の傷物企画となる。こんな企画に賛同してくれる俳優やスタッフはいるものだろうか。心配はつきない。
 しかし震災を無視してはこれからの能登は描けない。
 私たちは失うものの大きさを覚悟したうえで二度目の脚本の練り直しを決めた。まもなくゴールデンウィークに入ろうとしている時期だった。
 今からつくり直すのだから夏の撮影には間に合わない。少しだけ時間を延ばして十月のクランクインをめざした。
 藤さんにその旨を告げると、さすがにNGがでた。秋から春までは他の仕事の予定がいっぱいだという。
 藤さんを失うのは惜しい。しかしこればかりは仕方がない。私たちが勝手に延期を決めたことだし、かといって藤さんのスケジュールを待って撮影を延ばすと震災復興の役に立てなくなる可能がある。復興のためには少しで早い方がいいのだ。
 亀田さんが貴重な意見をいった。
 脚本を書き換えるのなら女性を主人公にした物語にしたい。旅行客の大半は女性なのだ。女性に訴える物語にすると、能登を訪れる人は増えるはずだ。
 かくして脚本家の国井さんは再度新しい物語と格闘することになった。それもいままでとはまったく違う物語を。
 発注に際しては、少しでも物語を具体化して、国井さんの負担を軽くするべきだというプロデューサー陣の意見で、溝上、亀田、白羽による脚本合宿が行われた。私も私なりに考えてメールでシノプシスを送った。
 能登半島地震復興支援映画、『能登の花ヨメ』の脚本作業がはじまった。撮影の実に半年前のことだった。

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