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3-6 石川県で支援組織が生まれる。


 今回のシナリオハンティングは、地元のテレビ局の報道陣が密着取材をして、数日後、夕方の報道番組で特集として放送してくれた。
 白羽監督は明るくユーモアがあって社交的な人間だから、金沢や能登でもたくさんの友人ができている。テレビ金沢のディレクター、久保さんもそのひとりで、久保さんの企画で取材が行われたのだ。
 ここにきて私たちを取り巻く環境は少しずつ好転しているのは確かだった。金銭的なことにまではまだ波及していなかったけれど、人の対応がとてもやわらかく、好意的になってきているのだ。
 それは新聞社の報道や県庁の堀岡さんの働きかけによるところが大きいと思う。しかしこれだけこまめに足を運んでいる私たちの熱意や誠意がここにきて伝わりはじめているのも確かだと思った。
 地方の人はなかなかよそ者に心を開かないという。しかし一度心を開くと、都会とは比べものにならないほど親密になってくれる。
 十一月の終わり頃になると、県庁の堀岡さんを中心に、輪島市、穴水町、珠洲市の代表の方が集まってくださって、『海とキリコとアオイ』の支援組織をつくろうという話が持ちあがった。
 これは私たちが企画したことではなく、地元からの発案だった。
 能登広域観光協会の理事長、向田さんも忙しいなか駆けつけてくださって、事務局の運営を引き受けてくださることになった。前売りチケットの購入なども、この支援委員会を中心にまとめていただくことが決まった。
 年が明けると、能登広域観光協会の理事会にも招かれて、メンバーの方々に企画の趣旨と協力をお願いして承認された。
 そんな模様はつねに新聞やテレビで報道されたので、私たちの映画の企画が進んでいるということはかなり認知されるようになっていた。
 二月には堀岡さんの案内で、輪島市、珠洲市、能登町、穴水町などの役所と商工会議所をまわり、市長さんや会頭さんにご挨拶してまわった。
 どなたも私たちの映画のことはご存じで、
「ぜひともロケ地はこの町で」
 行く先々でそんなうれしいお願いをされて恐縮した。

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