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3-4 密かな裏切り。


 金沢の「広坂ハイボール」で、私が溝上さんにいくら振り込みましょうかと聞いたのには理由があった。
 実は、F氏から借りていたお金を、私は自分の事務所のために使い込んでいたのだ。
 もちろん横領する気はなかった。すぐには必要となりそうにないお金なので、その期間だけ事務所の運転資金に借りて、必要となれば返そうと思っていた。
 実をいえばそれほど事務所の経営は貧窮していたのだ。
 決算が終わっても事務所の売り上げはなかなか上向きにならなかった。忙しくなりそうになるのだけれど、すぐに波は引いてしまうのだ。
 私が頻繁に金沢や能登や東京へでかけることができたのも、時間をやりくりした結果ではなく、時間だけはたっぷりあったからだ。事務所にはスタッフがいる。スタッフに仕事を任せると、私には自由になる時間が残ったのだ。
 これがいいことなの悪いことなのかわからなかった。映画にとってはいいことだろう。しかし本業にとっては決していいことではない。明日の資金繰りに困り、F氏から預かったお金に手をだす始末なのだから。
 映画の関係者の間でも、私のことを心配してくれる声はあった。
 脚本家の国井さんは、会うたびに本業は大丈夫なのと心配してくれていた。
 石川県庁の堀岡さんは人生の甘いも酸いも噛み分けた人生の達人だからすべてをお見通しだったようだ。
 後に記述するけれど、藤岡さんも映画にどっぷりはまっていくことになる。
「藤岡さんは分別をもって映画のことをしておる。余裕があるからしよる感じや。けどあんたは違う。せっぱつまっとる。心配や」
 夜の食事の席で堀岡さんがぼそりと私にいった。適当に誤魔化したけれど、見ている人は見ているんだなと、酔いが急激に醒めていったのを覚えている。
 本当はF氏から預かった時点ですぐに『海とキリコとアオイ』の口座へ振り込むつもりだった。しかしさきほども書いたように、溝上さんは状況を見定めているときだった。それほどお金を必要とはしていなかった。
 昨年は銀行からの借り入れでなんとか事務所を維持していくことはできた。決算を赤字にした以上、今期の融資は期待できない。口座にはF氏の一千万円がある。だからつい。いけないとは思いつつ、つい。そのついついが重なって、私は預かっていたお金の半分を事務所の運転資金につぎ込んでいた。
 溝上さんから五百万円が必要といわれたときは、正直ホッとした。それ以上の金額なら融通することができずに横領になってしまうからだ。
 私は溝上さんに事情を説明した。そのうえで残りの五百万円はいつ必要になるのかを聞いた。
 溝上さんは困った顔をしながらも察してくれた。そして残りは撮影の間近までに用意してくれたらいいと教えてくれた。
 撮影は七月を予定していた。それならなんとかなる。
 私の事務所の決算は五月だった。次の決算をなんとしてでも黒字にもっていければ銀行からの融資が受けられる。その一部で返却する。私はそう算段した。
 綱渡りであるけれどやるしかない。映画も事務所もつぶすわけにはいかないのだ。私も後戻りすることはできないのだ。

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