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3-2 はじめての石川県全体会議。


 夜明け前は一番暗いとよくいわれるが、明けない夜もない。
 私たちにとって七月、八月、九月はまさに夜明け前で、目の前はまったく見えない暗闇だった。しかし闇の先がうっすらと明るくなり、その先から光りが洩れるように、ある会議をきっかけにして企画は前進をすることになる。
 これまで石川県や能登の協力者とは個別に会っていた。それぞれに考えがあり、それぞれに意見がある。
 私はふと思ったのだ。三人寄れば文殊のなんとかではないけれど、一堂に集まってこの先どうしていくかを話し合ってもいいのではないかと。
 九月の終わりになると藤岡さんがニューヨークから金沢へ戻ってくる。
 藤岡さんとはニューヨークからメールで、ときには電話で連絡をとりあっていたし、藤岡さんの指示で、金沢や東京の企業へ説明に伺っていた。藤岡さんに有識者会議のことを相談すると
「やろう、それはいい」
 とおっしゃってくださった。石川県庁の堀岡さんにも相談すると
「わかった。県庁の会議室を抑えておくわ」
 と賛同してくださった。
 かくして十月三日の午後三時、石川県庁の会議室で「海とキリコとアオイ」の有識者会議が開かれた。
 制作サイドからは白羽監督、溝上プロデューサー。そして私の3人。
 石川県サイドの集まったメンバーをみて驚いた。藤岡さん、堀岡さんの他に、金沢フィルムコミッショナーの茂野さん、そして北國新聞社の稲垣さんも駆けつけてくださったではないか。
 今日の結果次第では映画の企画そのもののがなくなるかもしれない。気合いの入った私たちは、いつもとちがって全員スーツ姿で出席。七五三のようですなぁと藤岡さんに笑われた。

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