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2-8 悲観的になっても一銭の得にもならん。


 カフェで珈琲を飲んでいるときや、バーでお酒を飲んでいるときなど、白羽監督はよくこういった。
「悲観的になっても一銭の得にもならん。ポジティブでいかな何ごともはじまらん」
 白羽監督の言葉が私の胸に響いたのには理由がある。
 私は三十歳のときに独立して自分の事務所を構えた。
 お得意にも恵まれ、時代の風もあって、事務所は順調に右肩あがりの成長をつづけた。
 特に苦労した覚えもなく、仕事を得るためにかけずりまわることもなかった。ただ仕事が楽しかったのだ。飲んだり、食べたりするより仕事が楽しかったのだ。
 土、日曜も関係なく仕事をした。朝一番ののぞみで東京へ行って、一日中打ち合わせをして、最終ののぞみで帰ってきても、新大阪の駅からタクシーで事務所へ戻った。
 若いスタッフも入れ、広告賞も何度か受賞した。家を建て、夏休みは家族でハワイへでかけることもできた。
 無我夢中で仕事をしてきた私は、技を覚え、術を覚えた。
 裸の知覚を忘れ、すれっからしになった私は、人のおかげで今があることを忘れ、成功は自分のチカラによるものだと思うようになった。人に感謝する心を昨日に置き去りにして、自分の実力で明日を拓けると思うようになっていた。
 天狗にもなった。手間ばかりかかる仕事は断った。
 やがて設立をして十年を過ぎたあたりで、何かが止んだ。
 そう、何かが止んだとしか表現しようのない微妙な変化に気づかないまま、他人ができることは自分はしなくていいとうそぶいて仕事をスタッフに任せた。
 当然、売り上げは下がっていく。仕事の減少は時代のせいにしたり、お得意のせいにしたりした。
 実績というのはありがたいもので、事務所の売り上げは年々下がっていくものの、銀行が味方をしてくれて、借り入れでなんとか事務所は維持できた。
 十年以上も事務所を経営していると、いつもいい状態でいることができないことはわかっている。電話もならず、人も訪れない凪の状態のときだってある。これまでにも何度か暇な時期はあった。
 しかしこの一年の凋落はいままでにないものだった。
 いまに良くなるだろう、いまに動きだすだろうと思っていても事態はなかなか進展しない。先の不安は広がる一方で、さすがに焦りを覚える。
 五月の決算は、はじめて赤字になった。
 そんな状態だったから白羽監督の言葉は響いた。
 くよくよしても何もはじまらない。行動あるのみ。いま、この映画の状態のように。私は石川県へ行脚へ向かうたびに勇気づけられて事務所へ戻った。

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