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2-1 そして事件。撮影は来年に延期せよ。


「企画している段階が一番楽しんですよね」
 シネハンへ出発する前に溝上さんが洩らした言葉。企画が動きだすとさまざまなトラブルや課題が降りかかってくるからだ。
 映画の制作がはじめての私は、溝上さんの言葉の重さがわからなかった。
未来に対して誰もがそうであるように、辛いことより楽しいことに目が向きがちだし、今後ふりかかるであろうトラブルを予想する際は過小に見積もってしまう。
 しかし事件は突然に起こる。
 それは夢にも思っていなかった出来事だった。前途洋々の海は一転して嵐の海になるような。快適なお湯が突然沸き立つ熱湯になるような出来事だった。
 毎月、脚本やキャスティングの進み具合をA氏やB氏に報告する会議。四月の定例会議で事件は起こった。
 印刷脚本の第一稿もあがり、藤さんの出演も決まり、今回の会議は、これからの撮影に向けたスケジュールと制作費の確認の場だった。
 当初の予定では来月の五月に、A氏・B氏と近代映画協会で製作の契約が結ばれる。この会議ではその詰めを行い、夏の撮影に向けて必要となる制作費のキャッシュフローの確認が行われるはずだった。
 その席上で、A氏から撮影は来年に延期してほしいという提案があった。
 A氏とB氏は事前にすりあわせていたようだけれど、制作サイドにとっては突然の提案で、撮影へ向けて熱くなっている頭へ冷や水を浴びせられたような一言だった。
 思ってもいなかった展開に、白羽監督も溝上さんも、そして私もしばし言葉を失った。
 藤さんの出演が決まったことは喜ばしいことだが、決まるのがあまりにも遅すぎた。出資を募るにしても、一般の企業の人にとっては、どんな物語であるかより、誰がでるかの方が重要で、主演者がなかなか決まらなかったので出資活動は遅れをとっている。我々が出資契約をして当面は肩代わりをすればいいことだが、急いては事をし損じるという言葉もある。焦ってバタバタしてもロクな作品にならないはずだ。ならば思い切って撮影を一年延期すればどうだろう。もっと出資する企業は増えるはずだ。一億の予算が二億にも三億にもなるはずだ。
 それがA氏とB氏の意見だった。
「来年にすると、藤さんの出演もどうなるかわからなくなります」
「役者は他にもいろいろいるでしょう」
 独立系の、予算の少ない映画で大物俳優をキャスティングすることがどれだけ大変なことか、実情を知らない人ならではの意見だった。
 A氏やB氏の気持ちもわからないわけではない。
 脚本を練り込むあまり、印刷台本のアップが遅れ、キャスティングが遅れたのは事実だ。製作サイドと制作サイドのコミュニケーションが密であったかと問われれば、反省しなければならい点も多々あった。
 しかしそれならばもっと前の段階で提案してくれれば対処の仕方もあったというものだ。藤さんの出演が決まり、撮影も四ヵ月後に迫り、出資契約の直前の時期に延期を申し入れなくてもいいんじゃないか。
 私たちは一億円規模の映画をめざしているのであって、A氏がいったような二億円も三億円もかかる映画を撮りたいだなんて誰も考えていなかったのだ。
 一ヵ月前の定例会議で、他のキャスティングが思うようにいかないと困っている制作サイドに、
「大丈夫、雨ふって地固まるということがあります。まだまだこれからです。がんばりましょう」
 といっていた人が、一ヵ月後には延期をいいだすなんてどうしてなんだと私は悲しくなった。
 映画業界は狭いところなので、企画が頓挫するとその情報は一気に広まる。
 延期になった企画は「傷もの」と呼ばれて、俳優もスタッフも次の参加には二の足を踏む。それはそうだと思う。傷ものになるには必ずややこしい理由があるからなのだ。なるべくならそんな作品にかかわりたくないというのが素直な気持ちというものだ。
 だから傷ものにしてはいけない。白羽監督、溝上プロデューサーは必死の説得を試みた。
 確かに時間はあまりないとはいえ、藤さんというカードをみすみす手放すのは惜しい。協力できるところは協力するので、八月の撮影に向けて全力で取り組みませんか?
 しかしA氏とB氏の意志は固く、首をタテに振ることはなかった。製作サイドと制作サイドの溝は埋まらず、話しは平行線をたどったままで時間だけが過ぎていく。
 お互いに言い分はある、それはわかる。動く金額が金額なだけに無闇に首をタテに振ることはできない、それもわかる。しかし制作と製作が対立しては映画づくりは進まない。
 平行線のまま会議を終えた後、溝上さんはすぐに亀田さんに電話を入れて最悪の事態に備えるように指示をした。
「だから素人さんと組むと大変なんですよね」
 溝上さんは自身を責めるような重い口調でそう呟き、監督は
「すみませんでした」
 と頭を下げた。
 その夜の酒は、不吉な爆弾に怯えながら、希望と諦めが交差する重い酒になった。

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