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2-11 キリコ祭りを初体験。


「クライマックスにキリコ祭りを描く映画をつくるモンが、キリコ祭りを観たことがないのはアカンのとちゃうか」
 白羽監督の意見はごもっともだった。
 夏はキリコ祭り本番の季節である。白羽監督は七月に七尾かどこかのキリコ祭りを体験していたけれど、私はもちろん、溝上さんも亀田さんもキリコ祭りは観ていないという。
 キリコ祭りとは能登地方に古くからある祭りで、主に七月の初旬から九月の終わりにかけて能登の各地域で行われる。
 祭りには「キリコ」とよばれる巨大な御神燈が担ぎだされ、御輿のお供をして町の人が夜を徹して町内を練り歩く。もともと神輿が行く夜道を照らす行灯の役割を担っていたが、いつからか祭りの主役は御輿からキリコに移り変わっていく。
 壮大な文字が躍るキリコ、雄壮な絵が描かれたキリコ、輪島塗りの見事なキリコ、大きなキリコ、小さなキリコなど、町それぞれに、町それぞれのキリコがある。
 祭りの様式も町それぞれで異なり、男だけが担ぐキリコ、女だけが担ぐキリコ、女装をした男が担ぐキリコ、きらびやか衣装をまとって担ぐキリコなど多種多様。規模も迫力も美しさも、そして歴史もいうことがない祭りなのに、残念ながら全国的な知名度はいまひとつだった。
 私もそうだった。この映画の企画に関わるまではキリコ祭りを知らなかった。
 それならばということで、キリコ祭りのなかでもとくに勇壮で、輪島塗のキリコが練り歩く輪島大祭を観に行くことにした。
 参加したのは白羽監督、溝上さん、同じく近代映画協会の桑原プロデューサー、そして私の四名だ。
 ここに桑原プロデューサーが参加したのは、近代映画協会で舳倉島を舞台にしたドキュメンタリー番組の企画があって、その取材も兼ねていたからだった。
 輪島大祭は輪島の漁師町で行われる。
 朝の八時、自治会長宅へご挨拶にあがった。
 輪島大祭では数十台のキリコが練り歩く。一台のキリコを担ぐメンバーは組と呼ばれ、会長は大北組の組長でもあった。
 会長宅には朝から組員が勢揃いしていて、盛大に御神酒を飲んでいた。
 荒れ狂う海で鍛えた男たちが大声で話しながら豪快に御神酒をあけていく。その間を女たちが御神酒を運び、食べ物を運ぶ。都会育ちの私たちには圧倒される光景だった。
 会長へ挨拶をする。会長はにこやかに応対してくださった。
 すると幹事とおぼしき男性が四つの大きなグラスに御神酒を並々と注ぐと私たちの前へどんと置いた。飲めということなのだろう。しばし目をみあわせる白羽監督とプロデューサーズ。
「はい、いただきます」
 白羽監督の言葉をきっかけにして四人が一気に御神酒をあけた。
 飲み終えると今度はそこにビールを並々とつがたれた。手荒い歓迎である。とはいえ飲まないわけにはいかない。つづけざまに一気にあけた。
「うぉーっ」
 というどよめきが聞こえ、拍手がわき、それまで硬かった組員の顔が一気にほころんだ。
「まあまあ、固い挨拶はもうええっちゃ。さあ、飲め、食え」
 私は会長の横へ座って足をくずした。テーブルには鯛や鮑の刺身が並んでいる。胆をといた醤油でいただいた鮑の刺身は腰が抜けるほど美味しかった。
 夕方、いよいよ祭りがはじまる。
 その日は輪島大祭の初日にあたり、奥津比メ神社大祭と呼ばれている。
「比メ」と名の付く通り、神様は女性。元々は舳倉島にある神社を輪島に移管しているそうで、この神様へ漁の無事を感謝する祭りを執り行うのだ。だから神輿の担ぎ手は女性であるべきなのだが、実際に担ぐのは男性。だから男性が化粧や女装をして担ぐ奇祭でもあった。
 神社から袖ヶ浜の海岸まで女装した男たちが御輿を担いで練り歩く。
 激しい動きに男の足のわらじが切れる。わらじをつくるのも、男のわらじを履き替えさせるもの女の仕事とされていて、道の端では男のわらじを履き替えさせている男と女の光景があって、それはとても愛おしいく、とても素敵な光景だった。
 誰が誰のわらじを変えるのか。誰に変えてもらいたいのか、誰のを変えたいのか。道ばたのその光景からは、きっと数々の小さな物語が生まれては消えていったのだろう。
 海に夕陽が沈みはじめたころ、袖ヶ浜海岸の浜辺で神主さんからお祓いを受けた男たちは、御輿を担いだまま海へ入水していく。海で生きる人々が海への感謝をする一瞬だ。
 この後、神輿は町の中心に戻り、男たちもそれぞれの組へ戻って再び御神酒をあおり威勢をつける。
 日が暮れて、どこからともなく滲んできた闇が町をすっかり覆ってしまうと、それぞれの組の軒先で寡黙に出番を待っていたキリコの灯りがともる。
 通りの角のあちらこちから祭ばやしの太鼓や笛の音がきこえてくる。本番前の祭りばやしは子供たちによるもので、大人のように太鼓や笛を一人前にできるようになるのがこの地の少年少女の夢なのだ。みんな瞳を嬉々と輝かせながら練習している。
 夜の十時前、それぞれのキリコが長い眠りから目覚めるとゆっくり動きだす。漁師会館の前の広場に十数台のキリコが集まる。
 闇に浮かぶ幻想的なキリコは、厳しい一年の暮らしはこの一時のためにあるといっても過言ではない美しさだった。私たちは強烈な祭りばやしと幻想的な美しさに、思わず言葉を飲み、すべてを忘れる。音と光が私たちを放心状態へと導いていく。正直、これほどプリミティブで、それであるがゆえに強く美しい祭りとは思っていなかった。
 やがてお祓いが終わると、一台、また一台とキリコは町のなかへ消えていく。夜中まで町中を練り歩くのだろう。
 キリコが遠ざかるとともに、祭りばやしも遠ざかっていく。すべてのキリコが消え、祭りばやしが彼方へ消えると、思いだしたかのように海の音が夜空から降りてきた。

第2章、終了・・・。

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