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1-5 映画のタイトルは『春がきた。』に。


 溝上氏と亀田氏の会社は東京にある。白羽監督は神戸の人。B氏は石川県。A氏と私の会社は大阪にある。
 全員が参加しての会議は一ヵ月に一度の割合で開くことに決まったが、関西組はそれよりも頻繁に会って細部を詰めることになった。
 まず早急に必要となるのは、出資企業を募るための企画書だ。
 私は会議の翌日から企画書作業にとりかった。
 溝上氏からそれまでの映画の企画書のサンプルを入手し、必要項目の洗い出しをした。それに広告者ならではの視点と表現を加え、一週間後にあげた第一稿は、現在決まっている事、これからの事、スケジュール等、A四の用紙十八枚にもおよぶものとなった。
 A氏のオフィスに白羽監督と私と、タイミングがあえばB社長も同席して、企画書の細部を詰めていく修正作業を何度も行った。
 関西組がもうひとつ頭を悩ませていたのはタイトルだった。
 A氏は映画にしろ、書籍にしろ、タイトルがすべてという持論の持ち主だった。
 白羽監督が書いたあらすじのようなものがあって、タイトルは仮称だけれど『奥能登ペニンシュラ亭』と名付けられていた。
 A氏は『奥能登ペニンシュラ亭』に満足していなかった。白羽監督もあくまで仮称と思っていたので、タイトルを考えることに異論はなかった。
 会議の席上でさまざまなタイトル案が提案されては却下された。
 そんなことを何度か繰り返すうちに、白羽監督がポツリといった
「『春がきた。』ってどうでしょう」
 とても平易な言葉なのに、目の前が開けてくるタイトルだ。希望を覚えるタイトルであり、ハッピーで明るい印象を醸しですタイトルだ。恋が実って春がきた。家族が戻って春がきた。能登の雪がとけて春がきた。桜が咲いて春がきた。色んな意味が想起されるタイトルだ。
 白羽監督は当初から、「能登は暗い」というイメージを覆す映画にしたいといっていた。雪、雲、荒れ狂う日本海。能登はそんなイメージだけでくくられる町ではない。能登は明るく、前向きで、楽しいところなのだ。
 そんな思いから生まれたタイトル。A氏もとても気に入り、タイトルは『春がきた。』で行こうということに決まった。
 企画書もほぼできあがり、タイトルも決まった。
 製作サイドは最終の企画書をもって出資者捜しを本格化させることになった。九月十五日のことだった。

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